新しい年度が始まりました。
入学式、入社式のシーズンです。
もう、私には随分と昔のことになってしまいましたが。
この時期になると昔の入学式の話題が出るのが世の常なんでしょうね。
私の場合は高校生の頃までは福井にいなかったわけでこの話題が振られる事が多いでしょうか?
そうですね。一番記憶に残ってるのは高校の入学式の日、いきなり校門のそばで服装検査をしていた事でしょうか?
無論それだけならば、なぜ記憶に残るのか?と言う程度の話ですが。
今回はこの時立っていた先生の話を書いて見ます。
ここでは、あえて名前は伏せてH先生としておきます。が、元高校教師としては名前が知られすぎてるから、結構知っている人多いかも。
私の通った高校は教師が80人くらいでしたが、3番目位に覚えました。
1番目は、野球部の監督として何度も甲子園に行ってた方なので入学前から知ってた先生。
2番目は、担任でしたかね。(あたりまえだな)
で、今回取り上げたH先生ですが、1年のとき、古典を習った記憶があります。
ですが、授業の方は全然覚えていません。もともと不真面目だったのでしょう。
ただ、授業の合間にいろいろと「熱く」語っていた記憶は残っています。
ここまででしたら、その辺によくいたような熱血教師なわけですが。
それに、ここに書くほどのことでもなくなります。
私が高校時代に囲碁をやっていたのは前にここに書きました。
でも、入学した当時は満足な道具もなかった。
一応、同好会はあったのですが、事実上誰もいなかった。
そして学校の規定で同好会の場合は予算は生徒側と折半、半分は自分でだせ、という事になっていました。
で、どうしても対局時計がほしかったわけなんですよ。
NHKなんかで時々移ってますが、二つの時計がくっついている奴です。
高校生の大会では、必ずこの対局時計を使用します。そうしないと1日で終わらないから。
でもこれ、ある程度練習しとかないと、本番で着手後おし忘れる事があるんですね。
当時、結構高価で一つ15000円位してた記憶があります。
これを4つで60000円、折半なら30000円となります。
今の学生と違って当時はビンボーだったわけで、この額ですら出すのが困難だった。
で、これについて話し合っていると(多分廊下まで聞こえたんでしょう)このH先生が入ってきて何も言わずに皺くちゃの1万円札を含め
て15000円を出してきました。
「卒業するまでに返せ」とのこと。
正直うれしかったわけですが。これが記憶に残っているのは結局返せなかったから。
え?相変わらずお金がなかったから?いえ、そうではないのです。
実はこのH先生、私が在学中にレスリングでオリンピックに出場、その後、卒業前に高校を去っていきました。
その後、プロレスラーに転身、現在は衆議院議員になっています。
この人は「安定」という言葉を知らないのでしょうかね?
でも、こういう人だったからこそ今でも記憶に残っているのでしょう。
ここまで読むと矛盾してるのでは?と思う人がいるはず。
どうして「古典」の教師だったのか?「体育」じゃないのか?
間違いなく「古典」だったのです。
よく文武両道などということを言いますが、このH先生ほどそれが当てはまる人はいない。
国会議員になった直後、プロレスラーが議員になったとか言われていました。
しかし「プロレスができるほど体を鍛えた国会議員」なのかなと思います?
実際、その声は直ぐに消えてしまったようですし。
まじで24時間働けそうだ…
実は、国会議員になった後、2回ほどお目にかかった事があります。
1回目は祖父が入院していた時にお見舞いに来てました。
2回目は議員会館内で。(これが何時か知ってるのはSE氏だけかな。例の国会議事堂せんべいという珍品を持ってきたときです。)
でも、15000円の話はしてませんね。多分忘れてるとは思いますが。
でも、私の事は覚えててくれたようですね。いろいろあって目立ってただけかもしれませんが。
私は今は自民党を応援してないし、むしろ対立する立場です。
だから「理解」するというのは無理ですが、「応援」はします。
これほど「熱い」人ならば何かやってくれるような気はするんですよね。
ちょっと、伝え聞いたエピソードをひとつ。
殆ど同じ歳で、やっぱり古典を教えていたK先生がいました。いい意味でライバルだったのでしょう。
二人で週末にお酒を飲んでいたそうです。が、そのまま酔いつぶれたとのこと。
ところが午前3時にK先生は何かごそごそ動いていた音で目がさめたそうです。
ボーとしてたら机の電気がついて そこでH先生は本とノートを広げて何かを始めた。
古典の勉強をしていたのです。
「こんな時にせんでも」、といったら「日課」と一言。その後、5時になったら走りに行ってしまいました。
その頃K先生は二日酔い状態で(ry)。うーん、やっぱり化けもんですね。
落ちがない?
やっぱいりますよね。
では、一つ
上に出てきた二人は色々とライバルだったようです。
それは、傍から見れば異常なほど。
この二人が昼食で出前を取る事にしたそうです。
で、K先生は鴨…うどん(480円)に決めたのですが、もっといいものを注文しようとメニューを見て(多分財布も見て)、これより10円高い鴨…そばに決めたそうな。
出前は昼食時間に間に合わすように持ってきますよね。当然。
11:45分くらいに着いたのですが、4時間目に授業が無かったK先生は直ぐに食べてしまった。
H先生は授業から戻ってきたときには(12:05くらい)、そこには伸びきったそばが。
でも、自分の失敗を隠すために、この伸びきったそばがうまいんだ、と、とてもおいしそうに平らげましたとさ。
周りでくすくす笑っている声を無視しながら。
入学式、入社式のシーズンです。
もう、私には随分と昔のことになってしまいましたが。
この時期になると昔の入学式の話題が出るのが世の常なんでしょうね。
私の場合は高校生の頃までは福井にいなかったわけでこの話題が振られる事が多いでしょうか?
そうですね。一番記憶に残ってるのは高校の入学式の日、いきなり校門のそばで服装検査をしていた事でしょうか?
無論それだけならば、なぜ記憶に残るのか?と言う程度の話ですが。
今回はこの時立っていた先生の話を書いて見ます。
ここでは、あえて名前は伏せてH先生としておきます。が、元高校教師としては名前が知られすぎてるから、結構知っている人多いかも。
私の通った高校は教師が80人くらいでしたが、3番目位に覚えました。
1番目は、野球部の監督として何度も甲子園に行ってた方なので入学前から知ってた先生。
2番目は、担任でしたかね。(あたりまえだな)
で、今回取り上げたH先生ですが、1年のとき、古典を習った記憶があります。
ですが、授業の方は全然覚えていません。もともと不真面目だったのでしょう。
ただ、授業の合間にいろいろと「熱く」語っていた記憶は残っています。
ここまででしたら、その辺によくいたような熱血教師なわけですが。
それに、ここに書くほどのことでもなくなります。
私が高校時代に囲碁をやっていたのは前にここに書きました。
でも、入学した当時は満足な道具もなかった。
一応、同好会はあったのですが、事実上誰もいなかった。
そして学校の規定で同好会の場合は予算は生徒側と折半、半分は自分でだせ、という事になっていました。
で、どうしても対局時計がほしかったわけなんですよ。
NHKなんかで時々移ってますが、二つの時計がくっついている奴です。
高校生の大会では、必ずこの対局時計を使用します。そうしないと1日で終わらないから。
でもこれ、ある程度練習しとかないと、本番で着手後おし忘れる事があるんですね。
当時、結構高価で一つ15000円位してた記憶があります。
これを4つで60000円、折半なら30000円となります。
今の学生と違って当時はビンボーだったわけで、この額ですら出すのが困難だった。
で、これについて話し合っていると(多分廊下まで聞こえたんでしょう)このH先生が入ってきて何も言わずに皺くちゃの1万円札を含め
て15000円を出してきました。
「卒業するまでに返せ」とのこと。
正直うれしかったわけですが。これが記憶に残っているのは結局返せなかったから。
え?相変わらずお金がなかったから?いえ、そうではないのです。
実はこのH先生、私が在学中にレスリングでオリンピックに出場、その後、卒業前に高校を去っていきました。
その後、プロレスラーに転身、現在は衆議院議員になっています。
この人は「安定」という言葉を知らないのでしょうかね?
でも、こういう人だったからこそ今でも記憶に残っているのでしょう。
ここまで読むと矛盾してるのでは?と思う人がいるはず。
どうして「古典」の教師だったのか?「体育」じゃないのか?
間違いなく「古典」だったのです。
よく文武両道などということを言いますが、このH先生ほどそれが当てはまる人はいない。
国会議員になった直後、プロレスラーが議員になったとか言われていました。
しかし「プロレスができるほど体を鍛えた国会議員」なのかなと思います?
実際、その声は直ぐに消えてしまったようですし。
まじで24時間働けそうだ…
実は、国会議員になった後、2回ほどお目にかかった事があります。
1回目は祖父が入院していた時にお見舞いに来てました。
2回目は議員会館内で。(これが何時か知ってるのはSE氏だけかな。例の国会議事堂せんべいという珍品を持ってきたときです。)
でも、15000円の話はしてませんね。多分忘れてるとは思いますが。
でも、私の事は覚えててくれたようですね。いろいろあって目立ってただけかもしれませんが。
私は今は自民党を応援してないし、むしろ対立する立場です。
だから「理解」するというのは無理ですが、「応援」はします。
これほど「熱い」人ならば何かやってくれるような気はするんですよね。
ちょっと、伝え聞いたエピソードをひとつ。
殆ど同じ歳で、やっぱり古典を教えていたK先生がいました。いい意味でライバルだったのでしょう。
二人で週末にお酒を飲んでいたそうです。が、そのまま酔いつぶれたとのこと。
ところが午前3時にK先生は何かごそごそ動いていた音で目がさめたそうです。
ボーとしてたら机の電気がついて そこでH先生は本とノートを広げて何かを始めた。
古典の勉強をしていたのです。
「こんな時にせんでも」、といったら「日課」と一言。その後、5時になったら走りに行ってしまいました。
その頃K先生は二日酔い状態で(ry)。うーん、やっぱり化けもんですね。
落ちがない?
やっぱいりますよね。
では、一つ
上に出てきた二人は色々とライバルだったようです。
それは、傍から見れば異常なほど。
この二人が昼食で出前を取る事にしたそうです。
で、K先生は鴨…うどん(480円)に決めたのですが、もっといいものを注文しようとメニューを見て(多分財布も見て)、これより10円高い鴨…そばに決めたそうな。
出前は昼食時間に間に合わすように持ってきますよね。当然。
11:45分くらいに着いたのですが、4時間目に授業が無かったK先生は直ぐに食べてしまった。
H先生は授業から戻ってきたときには(12:05くらい)、そこには伸びきったそばが。
でも、自分の失敗を隠すために、この伸びきったそばがうまいんだ、と、とてもおいしそうに平らげましたとさ。
周りでくすくす笑っている声を無視しながら。
コメント
さすがに国会議員はいないですが、昔の上司が今は市議会議員をやってます。 (^^;